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ごちゃ -ここにも、そこにも、どこにでも-

Gallery & Cafe VUCA (新潟)
2026年4月4日-2026年5月10日

この度、GALLERY AND CAFE VUCAでは今井翔太による個展「ごちゃ ―ここにも、そこにも、どこにでも―」を開催いたします。本展では、作家のオリジナルキャラクター「ごちゃ」を主題とした絵画、版画、ポスター、映像など多岐にわたる作品群を展示いたします。

VUCAで「ごちゃ」展を開催するのは今回で2度目です。人為的に生み出された人工物である“ごみ袋”をモチーフとする「ごちゃ」は前回、キャラクターという形式の表層性を越えて、その奥にある問いを立ち上げようとする存在として印象的でした。本展ではその問いがさらに拡張され、私たちが世界を理解するための「尺度」そのものへと視線が向けられています。私たちは理解のために境界を引いていますが、科学技術の発展はそうした区分が決して絶対的なものではないことを示し始めています。私たちの認識は、爬虫類の卵殻やメガネのレンズのように私たちを守り、世界を見えるようにすると同時にその世界をそのまま見ることから隔てる膜でもあります。そうした見方を自覚し、なお世界を捉え直そうとすること。それこそが制作という営みに通じる態度なのではないでしょうか。

ここVUCAを5年間運営する中で私が最も考え続けてきたのは、訪れる方々にとってどれだけ有意義な時間を生み出せているのかということでした。流行に目を向けるべきか、独自性を守るべきか。その狭間で揺れながら多くの作家と関わるなかで、制作とは作業の蓄積であるとともに「何を捨て、何を守り、何を選ぶのか」という問いそのものなのだと気づかされました。外へひらかれ、他者や世界に触れ、そこで得たものを抱えながらもう一度自分の場所へと戻ってくること。その往復のなかで、自分ごととして引き受け直されたものがようやく表現として立ち上がってくる。そして、同時に場を運営する私自身にもまた、残していくべきものがあるのだと少しずつ気づき始めています。それは形あるものだけでなく、人や時間の中に生まれる関係性そのものなのかもしれません。

また本展はGALLERY AND CAFE VUCAにとって最後の展示となります。食とアートを横断しながら、人と表現が交差してきたこの場所の時間もまた、1つの循環の中にあります。展示にあわせて提供されるコラボレーションスイーツは、作品世界を視覚的な解釈を通して味覚や嗅覚へとひらき、鑑賞体験を身体的な記憶へと接続する試みです。

「ごちゃ」を通して立ち現れるのは、私たちが見落としてきた世界との関係性そのものです。本展が世界を分けるのではなく、つながりのなかであらためて見つめ直す契機となれば幸いです。

 

■️本展出品作品について

ごちゃと共に過ごした3年以上の歳月は、私自身の心境もごちゃという存在の捉え方も大きく変えていきました。当初、私はごちゃを自身の内側にある見えないものを可視化するための存在として捉えていました。かつての絵画制作と同じように、感情や思考、あるいは言葉になる以前の感覚を作品として外に取り出しているのだと思っていたのです。ごちゃを描くということは、自分の内面に潜ることでもありました。日々絵を描きながら、ある時は散歩の最中にも、どこにいるのだろうかと探し回っていました。

しかしある時、ごちゃは私の中に閉じた存在ではなかったのだと気づきました。この世界のいたるところにいるのだと、腑に落ちる瞬間があったのです。それは、私という主体を越えてこの世界のなかに存在しはじめたという感覚でした。私は以前「地球の表紙をめくる」という言葉を通して、ごちゃの物語を覗き込もうとしていました。しかし今思えば、表紙をめくって見ていたのはこちらだけではなく、ごちゃもまた、じっとこちらを見返していたのです。その時、作品とは一方的に意味を与えるものではなく、見ることと見られることのあわいに生まれる関係そのものなのだと感じました。

この感覚は私にとって非常に大きな変化でした。作品とは単に何かを表したり認識の前提をずらしたりするだけではなく、世界との関係を引き受け、それが可視化される場をつくることでもあるのだと感じるようになったからです。ごちゃは人間の尺度や分類を越えて、自己と他者、人為と自然、生命と非生命とのあいだに立ち現れた一つの関係のかたちなのかもしれません。そうした関係のなかに宿るかけがえのない喜びを通して、私はこの世界が美しいのだということ、そしてあらゆるものが等しく美しいのだということを表現したいと考えています。

この3年のあいだに、ごちゃを好きになってくださった方々のなかにも、これから出会う方々のなかにも、きっとそれぞれのごちゃが存在しているのだと思います。もしそうであるならば、ごちゃはすでに私の手を離れ、別々の視点や感覚のなかでそれぞれ異なる仕方で息づいているはずです。私が目指していた表現とはまさにそのようなものだったのではないかと感じています。

もしかしたらいつかふとした瞬間に、不思議な視線のようなものを感じることがあるかもしれません。

ごちゃは、ここにも、そこにも、どこにでもいるのです。

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